マチネの終わりに

「マチネの終わりに」モデルは実在してた?!

石田ゆり子さんと福山雅治さんの切ない大人のラブストーリー「マチネの終わりに」がいよいよ11月1日に公開されますが気になるのがこの作品のモデル。モデルは実在していたのか?実は原作に意味深な言葉があります。

「マチネの終わりに」映画予告は?

「マチネの終わりに」モデルは実在していた

「人生に3度しか会っていない相手が本当に愛した運命の人だった」という衝撃のキャッチコピーの“マチネの終わりに”ですが、蒔野と洋子は実在していたモデルなのか?気になるところ。

原作マチネの終わりにを読むと、最初の一節にこんなことが描いてあります。

ここにあるのは蒔野聡史と小峰洋子という二人の人間の物語である。

彼らにはそれぞれモデルがいるが差しさわりがあるので名前をはじめとして組織名や出来事の日付を設定は変更してある

さらにこんな意味深な言葉も・・・・

もし事実に忠実ならいくつかの場面では私も登場しなければならなかった。しかしそういう人間はこの小説ではいなかったことになっている

つまり事実に忠実に書くならいくつかの場面にマチネの終わりにの作者平野氏も登場していたということなんですね。

平野氏と言えば作家ですが実は小学生のころからギターを弾いていたそうです。

さらにクラシックギターも大人になってから買い練習したんだとか・・

そして小説を執筆するさいにギターは欠かせないんだそうです。

で、実際の蒔野と洋子のモデルですが、ここでもし作者平野氏と関わりある人物だとしたら、経歴などですぐに誰かとわかってしまいます。

つまり音楽家の男性のモデルとジャーナリストの女性のモデルの切ない実際の恋であったとしたら察しがついてしまいますよね。

なので音楽家のモデルはモデルでいた。そしてジャーナリストのモデルはモデルでいたということではないかと・・

ただどこまでが本当なのか?原作でも詳細は一切語らえていないのでそもそも主人公の蒔野が実際に本当のギタリストとしてモデルだったのかはわかりません。

モデルは誰なのか?

さて、だとするならばマチネの終わりにのモデルは誰なのか?

実際に平野氏もこう言っています。

洋子はモデルがいるので書きやすかったです。もちろん、アレンジはしてあります。

 

福山雅治さん演じる蒔野のモデルはわからないが、ジャーナリスト洋子のモデルは一人ふと頭に浮かぶ女性がいる。

知的で正義感あふれる日本人ジャーナリスト山本美香さん。

彼女は2012年シリアの取材中に銃撃により殺害されてしまった。45歳という若さで亡くなった彼女。

洋子を演じる石田ゆり子さんとどこか雰囲気が似ているなと感じました。

引用 https://www.city.ome.tokyo.jp/hisho/hisho/heiwasha

 

引用 http://crea.bunshun.jp/articles/-/15566

「マチネの終わりに」の原作中に洋子のこんなセリフがあります。

「ジャーナリストになぜなったのか?」という蒔野の質問に「自分はずっと何になりたいのかわからなかった。でもそういう人間にジャーナリストは向いている」と言います。

そしてこの仕事は広く浅くたくさんのことを知ることができると・・・・

さらに彼女はこう続けます。

もちろん危険はあるけど行かないことの不安もそれはそれで苦しい。わたしだけじゃなくて志願者はたくさんいたから・・・

それに今の世界を知りたいと思えばイラクだけ除外するっていうのは無理でしょう?グローバリズムの時代だから。おかしな言い方だけど気付いたらバクダッドにいたみたいなもの。四方八方から近くからも遠くからもあらゆることが私たちの運命を貫通していく。為すすべもなく。それが銃弾の形をしていることもある

つまりジャーナリストになろうとしてなったわけではないと洋子は言っています。

そして山本美香さんもジャーナリストについて次のように語っています。

私自身、ビジョンとか目標をあまり意識したことがないんですよ。目の前にあることをひたすらこなしていって、その先のことはその時になったら考える。フリージャーナリストとしての活動も初めから目標としていたわけではありません。目の前の仕事をクリアして、ステップを踏んでいくうちに、今の道にたどりついたという感じ。

目の前のことをひたすらこなしていたら、気付いたらここにいたということ。

さらに「マチネの終わりに」の原作では洋子が働いているバクダッドのRFP通信社の支局が入っている建物が自爆テロにあいます。

そして実際に2003年イラク戦争の中、バクダッド市内のホテルで米軍の砲弾でロイター通信の記者が死亡するという衝撃的な事件がありました。

その時に手を血だらけに汚しながら記者を助けたのがジャーナリスト山本美香さん(当時35歳)でした。

当時彼女は帰国後インタビューでこんな風に答えています。

「戦場取材はしていても、進行形で人が死んでいくのは初めての経験でした。血だらけで泣いている私に、後から来た人が『防弾チョッキを着なさい』と言ってくれて、初めて『そんなに危険だったんだ』と思いました」

山本さん自身も血だらけで泣いていたんですね。

この自爆テロの一連の話は原作でも書かれ、洋子はエレベーターの奥に座り込んで逃げ込んだことが描かれています。

実はあらゆることを織り込んだ作品

「マチネの終わりに」という原作を読んでいるとあらゆることが描かれています。

イラク戦争、難民問題、リーマンショック、東日本大震災など、そして主人公は40代の男女。

そして蒔野と洋子、お互いに抱かれながらもなかなか結ばれない物語ですがなぜこのような内容にしたのか、著者インタビューでこんな風に話しています。

「今の世の中は対立ばかりで、殺伐としている。それで、せめて小説を読んでいる間だけでも現実を忘れられるような、人と人とが結ばれあうことの美しさを書きたくなりました」

目まぐるしい世界情勢、そして地震など「いつ何がおこるかわからない」そんな時代だけど人が人を想う気持ちは変わらない、そんなことを描きたかったのでしょうか。

40代の恋愛

さらにこの作品では40代の男女が主人公ですが、なぜ40代の男女を主人公にしたのかという点について・・・

若い人の恋愛というと、仕事がなくてもお金がなくても思いあう二人の気持ちの強さや、どちらかが死ぬ話になりがち。自分はいい年齢なので、あまりそういう恋愛には関心がないんです(笑)。もっと仕事や結婚、子どもといった現実と齟齬が生じる時に生まれる感情の起伏に興味がありました。それに40代くらいの人間を書きたい気持ちもありましたね。自分も37歳くらいから周囲にやたらと“アラフォー”と言われるようになったので(笑)、実際にアーティストや文学者など創作に携った人たちを振り返ったら、40代で迷走したり停滞している人が多かった。自分も小説家として20代、30代のうちにやりたかったことをやってしまった感があったので、もっと上のレベルを目指したいけれど、停滞する時期がくるのではないかと思ったりもしました。女性の場合、恋愛するにしても結婚するにしても子どもを産むか産まないかを考える年代。僕は周囲を見ていても、産んでも産まなくてもいいとは思いますが、でもやっぱり考えさせられることではありますよね

確かに20代30代の恋愛と40代の恋愛は違いますよね。仕事でもある意味このままでいいのか悩む時期でもあるし、恋愛でももう若くはない年代。そして女性は子供を産むか産まないかなども考えてしまう年代。

「マチネの終わりに」では蒔野は洋子に想いを残しながらも三谷と結婚し、子供ができますし、洋子もリチャードとの間に子供ができます。

お互いに別々の家庭がありながらも、それ以上に運命的な出会いを果たしてしまう。ある意味不倫ですが、40代の恋愛を描くうえで、お互いが既婚、もしくは既婚と独身など“好きでもなかなか一緒にはなれない”環境は仕方ない現実ですね。

そしてなぜギタリストにしたのか・・・

「以前、ショパンとドラクロワについて書いた『葬送』という小説を出しましたが、文庫で四分冊という長さの小説なのに、あれが好きだという方が結構多いんです。僕も、憧れの人たちについて書いているという幸福感がありました。それで、また音楽をテーマにして書きたいなと思っていた頃、クラシック・ギタリストの福田進一さんのCDを聴いて感動したんです。福田さんは数年前からバッハの曲に取り組まれている。バッハはプロテスタントだしヨーロッパ社会は凄惨な三十年戦争も経験しているし、どこか現代の日本人には理解しきれない部分がある気がしていました。でも福田さんのギターで無伴奏チェロ組曲を聴いて、すごく近くに感じたんです。それで、遠いところにいたバッハを自分に近づけてくれたクラシックギターのことを書いてみたくなりました。僕はずっとエレキギターをやっていましたが、これを書くためにクラシックギターを買って、ここに出てくる曲を練習しました」

 

また天才ギタリストという天才にした理由について・・・

「単純な話、ぱっとした話にしたいなと思って(笑)。中くらいの実力の人がスランプに陥るより天才が陥ったほうが落差が大きいですよね。今回は等身大の話よりも、もうちょっとふわっとした世界にしたかった。それに、『葬送』でドラクロワが、今日は仕事をしなければいけないのにどうしてもできなかったなどと日記に書いている話を入れたら、その場面のことを言う読者が多くて。自分は大画家ではないけれど、気持ちが分かる、と言うんです。みんな、憧れるような素晴らしい人に共感できる面があると気持ちがいいんだなと気づきました。天才というのは、とにかく魅力的ですし」

 

東日本大震災を思い浮かべた

また原作ではイラクでの自爆テロのシーンで洋子が「あと1分遅ければ死んでいた」というセリフがありますが、これは平野氏によるとあの3月11日の東日本大震災のことを思い浮かべたそうです。

「これは東日本大震災のことが頭にありました。あの日、あと1時間津波が遅ければ、高台の用事を済ませて家に戻って流されていたかも、というような人はたくさんいる。地震や津波の可能性は知っていたとしても、それがいつ起きるのかはみんな分からない。努力してもどうにもならないということに、ある種の運命的なものがあるなとは感じます。戦争でも、そうしたタイミングの話は多いですね。僕の祖父は戦時にビルマに行っていたんですが、塹壕で嫌な予感がして飛び出した瞬間、そこに爆弾が落ちたんだそうです。危ないから出ようと言っても一緒に来なかった人はそれで死んでしまった。そういうふうに運命を決する人たちがいるというのが、戦場の感覚なんでしょうね」

震災の時のPTSD

さらに原作マチネの終わりにでは洋子は自爆テロの後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えてしまいますが、このシーンではやはり9.11の震災や3.11の震災のことを思い浮かべたそうです。

「9・11の時も震災の時も、イラクからの帰還兵などの例でも、生き残ったことに苦しみ続けている人は多い。今思えば、僕の祖父も突然激高して家族の中にはそれが消せない記憶として残っていますが、あれはPTSDだったのではないかと思う。長引く人は本当に大変ですが、洋子の場合は1年ちょっとで和らいでいます」

「マチネの終わりに」で作者が伝えたかったこと

実際にモデルはいたと原作にも描かれていますがどこまでが本当でどこまでが虚構なのかはわかりません。

ただ小峰洋子という女性に関してはモデルがいたと平野氏も伝えているので実在したのでしょう。

また天才ギタリストに関しては音楽家とのつながりもあったという平野さん。もしかするとモデルになる人物がいたのかもしれません。

「マチネの終わりに」ではテロなどの影響でPTSDを発症してしまい、洋子は蒔野と会おうという気力が次第になくなってきてしまいます。そして一方蒔野も音楽家としてスランプの時期に入り、二人はすれ違ってしまう。

さらに、三谷のある1通のメールで、引き裂かれてしまう二人・・・・

内的な要因もありながら外的な要因もあり、二人は想いながらもすれ違ってしまいます。

平野氏はこれについてこう伝えています。

「今回は、会わないという決断をして会わないことと、偶然に左右されて会えないことと、その両方が起きた時に二人はどうなるのか、ということをテーマにしたかった」

そしてこの作品で二人はプラトニックな関係というのも他の恋愛系の作品と違うところですがこのことについてもこんな風に伝えています。

「それは最初から決めていました。二人の間の精神的な高揚感を描きたかったし、肉体的に満たされないからこそ、お互いに相手への気持ちが残り続けたともいえますから。それに、多くの人のなかに、肉体関係になってもよかったのにそうならないまま会わなくなった相手というのがいるんじゃないかと思うんです。そういう記憶と響き合う物語にしたかった」

ある意味生々しいですよね。

確かに誰でも「あの人ともしこうなっていたら違ったかもしれない」と思うことは誰でもあります。

でも運命なのかなんなのか、肉体関係にならず、そのまま会わなくなってしまった相手。そして次第に会わなくなり記憶からも消えていきますがふとした時にまた思い出したりする相手。

またタイトルになっている「マチネ」というタイトルになぜしたのか?について

「マチネはもともとフランス語では朝という意味。それがずれて今は昼公演のことになっているんですが、そこが今の世代の状況にも近い気がしました。昔の20代、30代にくらべるとみんな若くて、恋をする時期も長くなって、後ろにずれこんでいる。その時期もそろそろ終わって、人生の後半に入っていくという意味合いもありますね

マチネの終わりにとはまさに昼の公演の後に。という意味合いですが、これについて今の現代の恋愛のことも含んでいたようですね。

確かに今や結婚適齢期もかなり昔よりもずれ込んで遅くなってきました。

この作品でも40代の男女が出会い、惹かれていく内容ですが、40代という年代からも勢いはなくなっている年代。自分を取り巻く環境も20代30代の時とは違っている(既婚・独身・出産など)ある意味複雑で繊細な年代とも言えますが、そんなある意味“諦めた”時に、ふと思いもよらずに人が人を好きになってしまったら、どうなるのか?そんなことを伝えたかったのかなと思いました。

「マチネの終わりに」モデルまとめ

モデルに関して、洋子に関してはいたと平野氏は伝えています。が原作でも“彼らの生を暴露することが目的ではない”と伝えています。

つまりモデルはいるが、そのモデルを追求する話ではないということですよね。

さらに意味深なことをこのように伝えています。

しかし人間には虚構のお陰で書かずに済まされる秘密がある一方で、虚構をまとわせることでしか書けない秘密もある。私は現実の二人を守りつつ、その感情生活についてはむしろ架空の人物として憚りなく筆を進めたかった

つまりそれぞれにモデルはいた(音楽家・ジャーナリスト)けれど、実際の本当のモデル(実在していた人物)はそういった職業ではなかった可能性も十分ありますね。

ただ現実の二人を守りつつ・・・・とあるので、おそらくこのプラトニックな想いを抱えていた人物は本当にいたのでしょうね・・・・

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